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=スイス=
ズーリッヒ 2010年7月26日 ポーランドに行く前に、スイスにて旧交を温める。 ストッキーベーカリーに到着。 ![]() マリオの娘「モニカ」と。 ![]() マリオの弟「ペーター」。 ![]() マリオの孫「ミッチェル」とポリスマン。 ![]() ストッキーベーカリー。 ![]() ズーリッヒ空港でひと休み。 ![]() ストッキーベーカリー前でマリオのベンツ。 ![]() オーダーメイドの新しい自転車が仕上がる。 ![]() なんとネーム入り。 ![]() =アップンツェーラー=
2010年8月10日 友人のクッキー宅に移動。 ![]() 眼下に広がる森と家。 ![]() 庭でランチ。 ![]() トロイを連れて散歩。 ![]() 近くのパン屋。 ![]() クッキー宅で夕食。 ![]() =ポーランド=
MSZANA(ムシヤナ)2010年8月15日 今回、初めて訪れるポーランド。 イタリアやドイツ大会で顔見知りになっていたポーランドでベーカリーを営むコジュルスキー氏がワルシャワ空港まで迎えに来てくれた。 8月15日から9月10日まで大会会場近くのホテルの手配をお願いしていたのだが、部屋があるからと彼の家で過ごす事に。 空港からアウトバーンを5時間かけてチェコの国境近くの町MSZANA(ムシャナ)に到着する。 彼の自宅の前にパン工場と店があり、まわりは森と畑が広がる。 1ヶ月の間、コジュルスキー夫婦と27才の息子と21才の娘の4人家族の中で生活する事になった。 朝は、奥さんのテレサが作ってくれるソーセージが入ったスクランブルエッグとソーセージ、ハム、工場から持って来たパン、珈琲のメニュー。 3つある工場でお菓子とパンを習ったり、農場へ配達したり、雨が降らない日はコジュルスキー氏と自転車のトレーニングをしたりと忙しい毎日を過ごした。 激しい猛暑だった日本と違って20℃前後の涼しいポーランド。 夜には、結婚記念パーティとか友人宅での食事会など、ひっきりなしで飲んだり食べたりした日々。 初めて覚えたポーランドの言葉は「ジーン ドーブル(こんにちは)」「スマチネーゴ(いただきます)」「ナーズ ストローベ(かんぱい)」。 手前がパン屋と工場。奥がミレック・コジュルスキー宅。 ![]() ミレックと練習。 ![]() 奥さんのテレサと犬のフゥーゴ。右から2人目がミレック。 ![]() 左から2人目がルーカス。 ![]() 右から2人目が娘のエヴリン。 ![]() 「クラカウ」。岩塩を掘っていた所を見学。 ![]() スイスから到着したクッキーも加わる。 ![]() ムシヤナの収穫祭に参加する。 ![]() パレード。 ![]() パーレード。 ![]() 犬のフゥーゴとムヒーをサロンに連れて行く。 ![]() 人間もサロンに行く。 ![]() 村の結婚式。 ![]() 馬車で到着。 ![]() 教会に入る二人。 ![]() =ポーランド その2=
農家で遊ぶ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ベーカリー。 ![]() ![]() パンの量の多い事。 ![]() ![]() ![]() 工場での私のランチ。ソーセージ、トマト、コーヒー。 ![]()
=いよいよポーランド世界選手権スタート=
大会の当日は、寒くて夜には雨になった。 スイスの友人クッキーは、黒い犬トローイに日本応援団のTシャツを着せ、家族と友人達は日の丸のTシャツ姿で応援してくれた。スイスからの参加者は1200kmと遠い事もあり、大勢では無かったが、みんな顔なじみで、とても懐かしく、旧交を温めた。 美味しいポーランドの食事のせいでスイスに来て3kgも体重が増えてしまっていた。新調した自転車は10kgも軽くなったのに、『一番悪いのは君の体重だ!!』と叱られる始末。 大会スタート。 ![]() ![]() 応援団。 ![]() 傾斜12%の上り坂。 ![]() まいった!! ![]() サイン攻めにあう。 ![]() 大会終了。 ![]() 表彰式。 ![]() TVインタヴュー。 ![]() アウシュビッツ。 ![]() ![]() ![]() 60DOW ゴードウ町長とミレックと。 ![]() MSZANA町長と。 ![]() 新聞記事。 ![]() 帰国する日は、ワルシャワ空港まで送ってくれたミレッサとテレサ。 出発ゲートで泣いて別れを惜しんでくれたテレサにミレッサと私ももらい泣き。 なんとも温かい人達とポーランドの空気は、ずっと忘れる事は出来ないものとなった。 帰国後、すぐに料理の本と毛玉の帽子が送られてきた。手紙には『あなたは家族です。家のドアはいつも開いているよ・・・。』との言葉がしたためられていた。 ジェンクェ(ありがとう)、家族のみんな。
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